「なぜ、森の生活でベジタリアンになったか」四角大輔 連載03

Organic Lifestyle Ecology
2019.04.25

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わが人生の聖域「湖」について。

うちのテラスからの夜明け

 

「どうすれば大好きな湖の畔で生活することができるだろうか」

  フライフィッシングに明け暮れた学生のころ、そう夢に抱き、そのために多くの時間を費やしてきたぼく。

 

大学でおんぼろのバンを入手し、自らキャンピングカー仕様に改造。

学生時代は、それに乗っての湖へのフィッシングトリップに明け暮れた。新卒でソニーミュージックに入り、ニュージーランドへ移住するまでの15年間に3回引っ越したが、必ず、湖まで車で1時間以内の場所に部屋を借りた。どんなに忙しくても湖へ通っていたことを思い出す。

 

そうやって人生でもっとも夢中になったフライフィッシング。今では、道具やウエアを開発したり、スポンサードを受けたりと、いつの間にか仕事の1つにまでなっていた。

 

この釣りを始めてから25年以上も経ち、巨大な鱒がウヨウヨいる湖での暮らしも遂に10年目に突入。自宅前の湖の鱒を釣ることに関してはマスターできたと、いよいよ言い切っていいくらいのスキルが身に付いていた。

 

こんな55cmほどのニジマスが簡単に釣れてしまう

 

今や、夜明け前後の2〜3時間あれば、ほぼ確実に50cm以上の大物を釣り上げられる。東京で働いていた頃、会社員として取れる休みすべてをこの釣りに費やしても、このサイズの鱒は関東近郊の湖では釣れて、年に10尾ほどだった。

 

  それが、まさに「今夜のおかずを釣る」というノリで(笑)週に何匹も釣れるのだ。しかも、庭の桟橋にくくりつけた小さなフィッシングボードで5分ほどで行ける近場のポイントで。

 

そして、この湖畔の家は海にも近いので、海からも貴重なタンパク源をいただいている。

そもそも、ここを移住地と決めた理由の1つに、「海まで1時間で行ける」という海へのアクセスの良さもあった。

 

そして、その海辺にあるキャンプ場と年間契約を交わし、ビーチまで徒歩20歩のところにキャンピングトレーラーを停めっなしにして、海の拠点としている。ぼくは狂信的なほどの「水ぎわ族」なのだ(笑)。

 

ビーチサイドに置いているキャンピングトレーラー

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もう1つの拠点、ビーチキャンプ場。

ご存知のように、海には湖とは比べものにならないほど多種多様な獲物がいる。

まず、目の前の砂浜では「ピピ」と呼ばれるハマグリの一種が採れるのだが、これが超絶に美味い。この貝の付き場を完全に把握できたので、1人50個という制限数は100%確実に採れるようになった。しかも、わずか15分ほどで。

 

ちなみに、岩場の方へ行けば、ムール貝、アワビ、ホタテ、ウニが採れるし、本気になって素潜りすれば、伊勢エビだって獲れるが、これらに関してはぼくはまだまだ修行中であることをお伝えしておこう。

 

魚はビーチや磯からも釣れるが、フィッシングボートを出せばもっとたくさん釣ることができるし、サイズも格段とアップする。最近では、自らの手でパドルを漕ぎ、沖へ出てのカヤックフィッシングにハマりつつある。

 

この海で釣れる魚は、日本にとても似ているからうれしい。

サヨリ、真鯛、シマアジ、カツオ、ほうぼう、クエ、マトウダイ、カレイ、金目鯛、イカなど。中でもぼくが夢中になってるのはヒラマサだ。1m近いビッグサイズが岸からも掛かるし、沖に行けば30kgオーバーという超大物が釣れてしまう。英語ではKing Fishと呼ばれるのだが、まさに「王」の風格と美しさなのだ。

 

自己最高記録の38kgのヒラマサ。これを釣るためにぼくは全身を鍛える

 

前回の連載02では、わが家の有機&自然栽培ガーデンファームの全貌を記したが、うちの食卓のメインを飾るのは、これら水域と庭からのいただきものだ。「タンパク質は動物からしか摂れない」と勘違いしている人がたまにいるが、当然、植物にもタンパク質は含まれる。

 

そして、この極太で絶品のヒラマサの身を筆頭に、自分で獲るこれら新鮮な魚と貝こそが、わが家の貴重なタンパク源となるのだ。ずっと魚を食してきた日本人であれば誰もが知っているように、魚貝類のタンパク質は上質なだけでなく、その含有量は肉を凌駕する。

 

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自給自足ライフにおける貴重なタンパク源。

ここで森の生活を送るうちに、いつの間にか家畜の肉を食べなくなった。

ぼくは、ペスコ・ベジタリアン(魚を食べる菜食者)になっていたのだ。豊富に釣れる良質な魚を食べているうちに、「肉を食べたいと思わなくなった」という自然の流れでそうなった。そもそも、家が街から遠いため、スーパーでの買い物自体が面倒というのもある(笑)。

 

「肉も自給すればいいのに」と言われることがあるが、以前それが可能かを調べた際に、牛一頭を育てるために、莫大な量の水と飼料が必要と知った。飼料が不要な、ニュージーランドの牛肉に多いグラスフェッド方式を採用したとしても、それには広大な敷地を必要とする。

 

  そうやって食の勉強を重ねているうちに、現代人は人類史上もっとも肉を食べていることを知った。特に欧米諸国では過剰なほどの量の家畜肉が消費されており、日本でも、戦後から肉の消費量は急激な右肩上がりを続け、2011年には遂に魚貝類を超えてしまった。この肉の消費量増加と比例して、さまざまな成人病や生活習慣病が増えていることはご存知の通り。

 

ぼくの最新刊『LOVELY GREEN NEW ZEALAND 未来の国を旅するガイドブック』では、多数のベジタリアンレストランとオーガニックカフェを紹介している

 

今の「肉食社会」を支えるためには、大量の肉を安価で供給する必要があり、経済性と効率性が最優先されてしまっているのが実情だ。その育て方はまさに異常で、急速成長させるためにホルモン剤が打たれていたり、劣悪な飼料と飼育環境によって病気がちになるために抗生物質が投与されていたりしていたのだ。最近、肉が驚くほど安くなってる裏には理由があったのである。

 

もっと言うと、地球上の家畜数が急激に増えたために、牧場と飼料用の畑を増やすための森林破壊、糞尿による地下水の汚染といった環境問題も各国で発生している。家畜が出す大量のメタンガスは、工場によるCO2排出より温暖化のダメージが大きいという環境学者もいる。家畜に与えている飼料と水を途上国に回すことができれば、食料難と貧困問題が解決すると主張するNPOも存在する。

 

なお、最新の統計では遂に、大腸ガンが日本女性の死因1位、男性で2位となった。カリフォルニアの大学によって、「大腸がんリスクがもっとも低いのはペスコ・ベジタリアン(菜食+魚)」という研究結果が発表されたが、そもそも昔ながらの日本人こそが「魚を食べる菜食者」だ。

 

一番の贅沢は、自分で釣った魚を、自分で握って食べること

 

歴史をひも解くと、本来、日本人にとって肉は特別な食事だった。そんなぼくらの消化器官が大量の肉を食するのに適していなこと、伝統的な和食こそが日本を世界一の長寿国にしてきたことは有名な話。

 

なお、2040年にはスペインが日本を抜いて世界一の長寿国になるという。スペイン料理は「地中海料理」に属し、彼らは豊富な野菜・果物・魚を年中食べている。昨今、「地中海式食事法」や「地中海式ダイエット」を、欧米セレブたちが理想のアンチエイジング食として注目しているのはそこに理由がある。ここで気付かれた方も多いと思うが、地中海料理も和食も、ペスコ・ベジタリアンだ。

 

興味深いと思い、さらに探ってみると……

「肉食」「ペスコ・ベジタリアン」「セミ・ベジタリアン(菜食+魚&鶏)」「ラクト・オボ・ベジタリアン(菜食+卵・乳製品)」「ビーガン(もっとも厳格な菜食者)」の中で、ペスコ・ベジタリアンがもっとも平均寿命が長いという有名な研究が見つかった

 

世界の長寿者の食生活を調べた結果、ペスコ・ベジタリアンの割合がもっとも高かったと述べる研究者もいた。ただ、こういった研究結果は絶対ではなく、あくまで1つの指標にすぎないというのがぼくの意見。ぼくは、外部情報や他人の意見よりも、自分の体験から得られる知見を最優先する主義だ。ここからは、そんなぼく自身に起きた現象を書き連ねてみたい。

 

わが家のビーガンメニューの1つ

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ペスコ・ベジタリアンと和食の関係。

そうやって、肉を食べない森の生活を長年送っているうちに、お腹の調子(腸内環境)が驚くほど良くなった。快便でガスも出ず、いくら食べても太らなくなった。不思議なことに、歳を重ねるごとに身体は引き締まり、明らかに筋肉の質が変わったのがわかる。

 

前よりも疲れずらくなり、ライフワークとして続けているバックパッキング登山では、若い頃よりも長い距離、長い日数を歩けるようになっていた。しかも、筋肉痛なく、である。アウトドアアスリートでもあるぼくにとって、この思わぬ利点は大きなギフトだった。

 

岐阜から入り、長野、富山を抜けて新潟の海まで、2週間かけて北アルプスを完全踏破

 

もう1つ付け加えておこう。

この食生活を続けているうちに、メンタルがより安定していることにも気付いたのだ。怒ったりイライラしたりが激減し、気分の浮き沈みも驚くほどなくなっていた。ペスコ・ベジタリアンは万人に当てはまるわけじゃないと思うが、少なくともぼくにとっては非常に合う食スタイルだったと言えるだろう。

 

なお、ハンターの友人が時々くれる鹿やイノシシといったジビエ(野生動物の肉)、外食や友人宅で肉が振る舞われる時は、断ったりせずにいただくようにしている。ただ、一度に多量を食べすぎてしまうと、すかさず便秘になってしまうので注意が必要なのだが(汗)。

 

こちらでは、「ジビエは食べる」というベジタリアンのことを「フレキシタリアン」と呼ぶ。このことを知った時、昔の日本人は特別な食事として、時々は狩猟による肉を食べていたという話をいくつかの文献で見たことを思い出した。

 

熊撃ちで有名な秋田の現役マタギを取材したことがあるが、彼らにとっての主食は昔から、里山の田畑からの収穫物、山で採る山菜やキノコ、源流で釣る岩魚が主食で、熊や鹿といったジビエは今も昔も「特別」だったという。

 

気付かぬうちにぼくは、地球の反対側にある南半球の島国で、日本の永い歴史の中で培われた食スタイルと、里山暮らしというライフスタイルを実践してたのだ。ちなみに、ぼくがここで取り入れているパーマカルチャーのルーツの1つに、日本の里山文化があるという事実はぜひ知っておいていただきたい。

 

 

ちなみに、海が汚染されていないニュージーランドの海には、日本をはじめとする過去に公害で苦しんだ国々にある水銀問題はない。

 

ただ念のために書いておくと、たとえ安全なニュージーランド近海で獲れたとしても、人間の大きさほどの大型のマグロやカジキのような、国をまたいで何千キロも海を移動する魚類には、残念ながら高濃度の水銀が含まれる。食物連鎖の最上位に位置する生き物の悲しき宿命である。だから世界どこにいたとしても注意が必要である。

 

湖畔と海辺という2つの水域に暮らしていることもあり、フィッシングは、毎日トライ&エラーを繰り返すことができるから、ぐんぐん上達できるが、植物の育成は年に一度しか経験することができないため、畑と果樹園に関してはゆっくりとしか腕を磨けない。

 

しかし、あくまでフィッシングは「狩猟」だ。

ここまで釣りのスキルと身体能力を高めても、天候や気温などすべての条件がそろっていても、収獲ゼロの時がある。どんなに努力しても、水の神も幸運の女神もは振り向いてくれないことが多々あるのが魚釣りなのである。だかこそおもしろくてやめられないのだが(!)。

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晴れときどきビーガンのススメ。

 

片や、畑や果樹園では、やるべきことをコツコツやり続けて条件が整えば、植物は確実に応えてくれるからいい。しかも、小指の爪よりも小さな種や、手のひらに乗るほどの小さな苗が、わずか数ヶ月後には豊かな食をもたらしてくれる。

 

しかも、最初の土作りには丁寧に行う必要があるが、そのあとは水をやるだけ。ちょとした手入れさえしていれば、偉大なる太陽と大地が勝手に育ててくれる。家畜に比べると、野菜と果物は手間もかからないし、何よりも圧倒的にエコだ。しかも、CO2を吸い取って、酸素を生み出してくれるから凄い。

 

「植物はやさしくて偉大」

これは、ここの森の生活で学んだもっとも大きなことである。

 

 

最後に、肉を食べられなくなったもう1つの理由を書いて終わりたい。

 

日本にいるころから魚をさばくことができたが、ニュージーランドに移住して初めて釣った大型のヒラマサをさばく時「これは無理かもしれない」と思ってしまった。

 

日本では、北海道で毎年釣っていた60cmほどのピンクサーモンや約80cmのシロザケが、自分でさばく最大サイズで、目の前に横たわる1mを超えるヒラマサは未体験ゾーンだった。もはや魚ではなく、動物とも思えるほどの存在感に腰が引けてしまう。頭の大きさは人間ほどあり、包丁を入れて取り出した内蔵は両手で抱えきれないほどで、その重量感に震えてしまう。

 

魚を解体している時はいつも、「ありがとう。いただきます」と心で唱えながら丁寧に行うのだが、この時は「ごめんなさい…」という気持ちで頭はいっぱいになっていた。ビビっていたためか手際は悪く、ものすごく時間がかかったことを覚えている。処置を終えた後、深い疲労感に襲われてしばらく動けなかった。

 

 

それでも、その後1年にわたって何尾ものヒラマサをさばいているうちに、だんだんと慣れてきた。少し自信が付いたので、次はいよいよ動物だと思い、ハンターの友人にお願いして鳥をさばく機会を持たせてもらったのだが、首を折って羽根をむしった段階でギブアップ。

 

ぼくは、その命を解体できなかったのだ。ということは当然、牛や豚をさばくことなんて絶対にできない。それが決定打となった。

 

「自分の手でさばけない命は食べることができない」

ぼくの心はそんな感情に支配されてしまい、それ以来、肉をさらに食べられなくなってしまったのである。そして同時に、大小関係なく、ぼくが生きるために「命を捧げてくれるものたち」への感謝の気持ちがより強まったのは言うまでもない。

 

 

冒頭で、自身の釣りの腕を自慢げに豪語したが、そうは言っても魚が釣れない時はもちろんある(汗)。そんな時はしばらく、夫婦でビーガンになるのだ(笑)。月に数日間ほどビーガンライフを送ると、消化器官がリセットされる上に体が軽くなる。免疫力が上がることも知った。

 

この湖で営む森の生活を通して、「魚が釣れない時は食べなければいい」という、至極シンプルな思考を身につけることができた。きっとこれも、自然の営みに従う行為であり、自然と共に生きるということになのだろう。

 

「ちょっとビーガンしようか」

最近では、魚の有無は関係なく、どちらかが体の小さな違和感を感じた時にこう提案し合うようになっていた。フライフィッシングが導いてくれた、ニュージーランドの湖畔生活はぼくらに「足るを知る」という、日本の美しい言葉の本当の意味を教えてくれたのである。

 

次号では、前回予告したのに今回書けなかった、森の生活の本質である「発酵」「循環」「低消費」について書いてみたいと思う。

 

連載01:「2000万枚のプラスチック製品をバラまいたぼくが、森に暮らすわけ」

連載02:「オーガニック&サステナブルライフ〜自給自足への挑戦」

 

PROFILE

四角大輔 Daisuke Yosumi

ニュージーランド在住の執筆家/原生林に囲まれた湖の畔でのサステナブルな自給自足の暮らし/環境省「森里川海」アンバサダー&SDGsウィルラボメンター(/(社)the Organic副代表理事、オシロ(株)共同代表、yoggy(株)取締役、ピースデイ・ジャパン共同代表/世界中でのオーガニックジャーニーと大自然への冒険がライフワーク/最新刊に『人生やらなくていいリスト』『LOVELY GREEN NEW ZEALAND 未来の国を旅するガイドブック』『バックパッキング登山入門』『バックパッキング登山紀行』。ベストセラーに『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』など著書多数/レコード会社プロデューサーとして10度のミリオンヒットを創出した経験を活かしての、オーガニックやエシカルブランドへのアドバイザリー事業/オンラインサロン〈LifestyleDesign.Camp〉学長/ライフスタイルシフトメディア〈4dsk.co〉主宰/Instagram

 

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