2000万枚のプラスチック製品をバラまいたぼくが、森に暮らすわけ。四角大輔

Organic Lifestyle Ecology
2018.10.11

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アーティストプロデューサーから森の生活者へ。

自宅の湖畔にて/ Photo by Takuya Tomimatsu

 

ニュージーランドで営む自給自足ベースの〝森の生活〟も、はや9年目に入る。


大地に寄り添う暮らしを通して知ったのは、ぼくは「生きている」のではなく、「生かされている」という、あたり前の事実。

今のぼくの命は「畑、森、湖、海」という、身近な自然環境に支えられている。

 

 

庭にある、オーガニック菜園とハーブ園、自然農法による小さな果樹園からの収穫物。

家の周りに広がる、森からの四季折々のいただきもの。

自宅前の湖と、すぐ近くの海で釣り上げる多種多様な野生魚たち。

そして、飲料水として家にひいている湧き水。

 


初回となるこの記事では、ぼくが湖の畔で、低消費で持続可能なライフスタイルを送っている理由、ルーツについて書いてみたい。

 

2015年11月、浜離宮朝日ホールにて行われた絢香「Premium Live」より

 

時は9年前に飛び、2009年の大晦日。

場所は、生放送が騒然と進行する「紅白歌合戦」会場、渋谷NHKホール。


ぼくはその真ん中に仁王立ちし、絢香が『みんな空の下』をピアノ1本で歌いあげる姿を見つめていた。


いつもの音響ブースでの放送用サウンド確認は部下に任せて、我が音楽仕事の最高傑作ともいえる渾身のパフォーマンスを味わうべく、ステージ正面の一等地を陣取る。


これが、15年間務めたレコード会社での最後の仕事となるからだ。

絢香にとっても、これが活動休止前最後の仕事となる。


歌の途中で一瞬、絢香と目が合った気がした。いつも以上にまっすぐな歌声が心の真ん中まで届き、胸は熱くなり、無意識のうちに両眼から暖かい涙がこぼれる。


思えば、大晦日に紅白歌合戦の現場に立ち会うのはこれで8年目。

そしてこの年、プロデューサーとして携わった絢香とSuperflyのアルバムは、女性アーティスト年間ランキングで1位と2位となっていた。

 

 

自宅の湖畔にて/ Photo by Takuya Tomimatsu

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自分に還るための旅のはじまり。

その3週間後、ぼくはニュージーランドの静寂の湖に立っていた。


今日からいよいよ、学生時代から夢にまで見た湖畔でのナチュラルライフがはじまる。


「人生の絶頂期になぜ辞めるのか?」と多くの人から言われ、週刊誌にも「裏がある」とまで書かれた。

だが、レコード会社に入ってから大晦日までの四角大輔はあくまで「仮の姿」であり、当時39歳のぼくの人生の本番はこれからだと思っていた。


ついにぼくは〝ぼく自身〟に還ることができる。

まだ見ぬ「100%のぼく」を目指しての、新しい旅が今日からはじまるのだ。


感無量の心持ちで、鏡のように穏やかな青い湖面を見つめていると、いつの間にか意識は、さらに30数年前にタイムトリップしていた。

 

 

1970年生まれのぼくが育った日本は、高度成長期のまっただ中。

環境保護よりも経済成長が優先され、昔ながらの野菜中心の食事がケミカルな大量生産フードに駆逐されつつあった。


自然を支配下に置こうとする西洋思想や、肉と乳製品中心の食生活を欧米から押し付けられ、四季を愛し、自然と共生してきた日本人の美意識やライフスタイル、伝統的な保存食や発酵食は、消滅の危機に追いやられていく。


誰もが「本来ある美しさ」を見失いつつある時代に、自然を心から愛する母は、ナチュラリストとして奇跡的な感性を維持していた。

白米よりも玄米や五分づきを良しとし、白砂糖などの精製されたものを使わず、未精製で無添加の食物をキッチンにそろえる。

「海を汚したくない」と、食器や衣服の洗剤も天然ものを見つけ出しては使っていた。

自然志向の彼女の、取り組みやこだわりを書き始めたらきりがない。


ただ当時のぼくは、周りと比べては、お弁当が茶色いこと、野球のユニフォームが真っ白にならないことが恥ずかしかったことをを思い出す(笑)。

 

幼少期のぼく。家でじっとしているのが嫌いで、ずっと外で遊んでいたという

3

美しい日本が失ったもの、母から授かったもの。

 

世間体を保つことや、物欲を満たすことに意味はない、というのが彼女の信念だった。


「誰も見ていないところでこそ、美しい行いをしなさい」

「勝ち負けや他人の目は気にせず、いいと思うことやりなさい」

「勉強よりも、今しかできない体験を優先しなさい」

ぼくと弟に、ずっと、そう言いきかせたのである。


一番古い自然体験の記憶は、10ヶ月で歩けるようになってから幼稚園に入るまで続けられた、母ちゃんとの散歩だった。


母は、当時の我が家があった大阪・奈良・京都の県境の、まだ里山や田畑が残る風景の中にぼくを連れ出した。道ばたの小さな自然に歓喜しながら、ぼくは飽きずに歩き続けたという。

 

散歩があまりにも長時間になるため、ある時期から母はお弁当を作るようになり、ふたりで歩く距離はどんどん長くなっていく。そして、ぼくの〝センスオブワンダー〟の感度はどんどん高まっていくことに。


貝やカレイがいくらでも獲れる豊かな海辺で生まれ育ち、ずっと浜と野山で遊んでいた母は、自然を味わう術を熟知していた。

今のぼくの「自然への感謝の念」を養い、森と湖と共に生きるライフスタイルへと導いてくれたのは母親だったのだ。

 

2018年夏に発売したばかりの『バックパッキング登山紀行』と『バックパッキング登山入門


今年ついに、それに関する著書を2冊も出してしまったほどのライフワークとなっている、バックパッキング登山とフライフィッシング冒険。

もともとはこの2つを極めることが、ニュージーランド移住の最大の目的であった。


初めての魚釣りと山歩きを経験したのは、幼稚園に入る前くらい。登山部出身の渓流釣り師だった父が、近くの川と山で、そのやり方を教えてくれたのだ。


だが父は、当時の日本に多数いた、家庭をかえりみない仕事人間でスーパーサラリーマン。業界で次々とイノベーションを起こして出世街道を突き進む。

仕事でこだわり抜くことの大切さと、新しいことへ挑戦する意義を教えてくれたのは父親だった。


片や母親は、暴走する都市化とグローバリゼーション、過剰なほど便利となっていく社会に強い疑問を持つようになる。ナチュラリストとしての感覚はより鋭敏となり、この美しき星に生きるための地球人哲学を、ぼくに伝え続けた。


現在のぼくは、まさに、そんな両親によるハイブリッドなのである。


高3でアメリカに留学して故郷を離れるまでの間に、近所の豊かな田園も雑木林も野池も、すべてが消滅していた。

ぼくのワイルドな野外体験を支え、繊細な自然観を与えてくれた、あのみずみずしい風景は、ピカピカで均一な住宅街に変貌していたのだ。


その昔、世界に尊敬された、小さくて美しかった日本がなくなりつつあった。

 

〈世界に誇る日本の大自然。北アルプスを長野から富山まで1週間かけて踏破

/ Photo by Shotaro Kato〉

 

4

〝当事者〟としてこの星に生き続けるために。

「経済成長し続けて大国になること」に狂喜乱舞する大人たちの姿と、急激に失われていく弱々しい自然の姿を真横で見ながら、子ども心に、胸の奥はずっとチクチクしていた。


幼いぼくは、まだその違和感を言語化することはできないでいたが、母は隣でいつも、「このままだと、人間は地球に住めなくなる」と嘆いていた。

この言葉は強烈な痛みとなって、ぼくの心に刻み込まれることとなる。


当時はまだ、公害と大気汚染がやっと問題視されるような時代。

 

 化学物質による食料汚染、マイクロプラスチック問題、地球温暖化と気候変動、ミツバチと森林の消滅、オゾン層の破壊といった、危機的な状況が明るみに出る何年も前のことである。


そして21世紀となった今、母の嘆き通り、いよいよぼくら人類はこの星に住めなくなりつつある。


宇宙的に見ても、銀河系に、植物と水と空気のバランスがこれほど完璧にそろう星が存在する確率は、どんな計算式でも割り出せないほどのミラクルなのに。


国連の最新の発表によると、もし先進国がこれまで通りの経済活動を続け、途上国がそれに追随し、人類が今のライフスタイルを変えないでいると、わずか12年後の2030年には「人類が地球で暮らせなくなる大きな危険が生じる」という。

ぼくらの孫が成人する2050年ごろにはサンゴ礁が死滅し、環境省は2100年夏の未来天気予報を「東京、名古屋で44度、大阪で43度。北海道の札幌でも41度」と公開した。

 

 

歩いて3日かかるニュージーランドの原始林 / Photo by Shotaro Kato


学生時代、映像ジャーナリストを目指していたぼくはこれまで、数多くの書物を読み、ドキュメンタリーを観てきた。著名な環境学者たちの講演にも耳を傾けてきた。

そして悩みに悩んだ結果、声を上げたり、誰かを否定したり、 悪事を指摘する前に、ぼくはまず自身の人生で小さく「実践」 してみることにしたのだ。

 

それは、レコード会社時代にヒットメーカーと賞賛されながら、プロデューサーとして2000万枚のCDを売るという、土に還らないプラスチック製品を日本中にバラまいた罪悪感からくる、個人的な挑戦ともいえるだろう。


できる限り、食糧と水は自分で調達する。

できる限り、ゼロハンガーとゼロウェイストを目指す。

できる限り、フェアトレード、オーガニックのものを買う。

生ゴミなどの有機物は敷地内ですべて循環させる。

無機物ゴミはすべてリサイクルに回す。

 

 

そう書くと、ものすごくストイックな人間だと思われてしまうが、実はそうじゃない。

確かにそれは、ぼくが森の生活を送る理由の数%を占めている。


だが本当の理由は、もっとシンプル。

単純に「うわ〜気持ちいい!めっちゃ楽しい!」からだ。


ぼくは、好きなことや、やりたいことだけを追求していることから「自由人」と呼ばれること多々がある。

でもぼくは、自分を〝究極の快楽探検家〟と表した方が正しいと思っている。とにかく、我慢とか面倒とか、嫌なことに耐えられない人間なのだ。


ノンケミカルな食事と水、空気を体に入れ続けていると、脳と肉体のパフォーマンスは驚くほど高まる。

ノイズレスな湖と森、ピュアな微生物と植物と接しながら暮らしていると、メンタルは安定し、体調は向上し続ける。

 

結果、現在48歳のぼくは、20代のころよりも長く山を歩けるようになり、より激しい冒険ができるようになった。

そして、30代のころよりも集中力が持続し、クリエイティブになっていた。

 

5

なによりも気持ちよくて楽しいこと。

 

みんな気付いていないが、地球と共生すべく努力することはものすごく気持ちいいし、持続可能に生きるための創意工夫を続けることは、とんでもなく楽しいのだ。

修行でも苦行でも、決してない。


ぼくらの肉体は、「100% Made in Earth」の有機体であり、自然の一部。つまり、そもそも地球とつながっているわけだ。

だからこそ、つまらない物欲や野心を満たすことなんかより何十倍も、いや何百倍も快感!なのである。


これこそが、母親がぼくに教えようとした「地球人という当事者」として持つべき感性なのではないだろうか。人類がこの星に暮らし続けるために備わった、もっとも重要な知性なのではないだろうか。


これまで自分なりのテーマを持って、世界60ヵ国を旅しながら、いろんな現場を目撃してきたが、どの地域でも、自然環境を守ろうと本気で活動をするのはいつも「当事者」たちだった。

 

森を守ろうとするのは植物学者であり、山を守ろうとするのはクライマーであり、水域を守ろうとするのは釣り人であり、海を守ろうとするのはサーファーだ。

そして、子どもたちの未来のために、本気になっているのはいつも母親たちである。

 

Photo by Takuya Tomimatsu

彼ら、彼女たちは単純に、健全な植生を見たいだけであり、美しい山を登りたいだけであり、見事な魚を釣りたいだけであり、透明な海で波に乗りたいだけ。

自分で生んだ子どもたちを、本気で愛してるだけなのである。


つまり、「単なる当事者にすぎない」ということだ。人は「自分ごと」に思えるからこそ本気になれるのである。


2018年の今年、ニュージーランドでも世界でも、異常気象が続いた。


もともと世界の自然災害の10%が起きていた小さな島国ニッポンは、自然災害大国としてすでに世界的に有名だったが、今年ほど自然災害がひどい異常な年はなかった。


2月の大雪から始まり、雨が降らない梅雨、7月の歴史的な猛暑、恐ろしい水害と超大型台風が続くなど、誰もが被害者となった1年だったと言えるだろう。

 

つまり、ついに日本国民全員が、産業革命からはじまった地球温暖化に起因する気候変動の「当事者」になったのである。

 

 

今ぼくは、遠く離れた祖国ニッポンを思いながら、ニュージーランドの湖畔の自宅テラスでこの原稿を書いている。

 

執筆中、少し懐しくなって、久々に部屋のスピーカーで小さくかけていた、自分が担当したアーティストの古いアルバムがいつの間にか終わっていた。

それを知ってか、ぼくの真横で野鳥のカップルが愛の合唱をはじめた。


ふと我に返り、MacBookのキーボードから両手を外して、深呼吸をすると、木々と土の香りが鼻腔を通って肺を満たすのがわかる。


歌い終えた鳥たちが飛び去ると、再び静寂がぼくの周りを支配する。

穏やかな湖面を眺めながら、明日どうやって夕食のための鱒を釣り上げようか、今年の夏野菜の苗をどうやって植えていくか、ワクワクしながら考えている自分がいた。

 

次回は、この湖畔の森で、ぼくの実際の暮らしについて綴ってみたいと思う。

 

PROFILE


 四角大輔 Daisuke Yosumi  / 執筆家

「地球との共生」というテーマを掲げ、行き過ぎた大量消費社会と距離を置く暮らし方「ライフスタイルシフト」を提唱する執筆家。

ニュージーランドの原生林に囲まれた湖の畔で、自給自足ベースの持続可能な〝森の生活〟を営みながら、エコ誌『ソトコト』や登山誌『PEAKS』などの連載、Instagram、自身のオンラインメディア〈4dsk.co〉、オンラインサロン〈LifestyleDesign.Camp〉を通して表現活動を行う。

世界中でのオーガニックジャーニーと、 大自然への冒険をライフワークとし、オシロ(株)共同代表、( 社)the Organic 副理事、yoggy(株)取締役を兼任し、 アウトドア・自然派・ エシカル関連ブランドのプロデュースや商品開発を担い、環境省「 森里川海プロジェクト」アンバサダーとしても活動。

過去、ソニーミュージックとワーナーミュージックに計15年間勤め、絢香、Superfly、平井堅、CHEMISTRYらをプロデュースし、計10回のミリオンヒットを記録している。

最新刊に『人生やらなくていいリスト』『LOVELY GREEN NEW ZEALAND 未来の国を旅するガイドブック』『バックパッキング登山入門』『バックパッキング登山紀行』。ベストセラーに『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』など。

 

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