【全米トップ校の校長に聞きました】“知的情熱にあふれた オンライン教育”って、一体どんなものですか?(前編)

Way of living Lifestyle Special Interview
2021.12.09

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学ぶことの本質とは

TEXT: Tokizawa Shiho

 

CHICO:はじめまして。本日はお時間いただきありがとうございます。お話を伺えるのをとても楽しみにしていました! 先生はStanfordオンライン高校に立ち上げから参加され、世界最高水準の教育を未来ある子供達に提供されています。オンライン高校でありながら世界トップクオリティの教育を実現されている点は、大変驚くべきことだと感じました。


星先生:ありがとうございます。私は、“学ぶ”ということは本質的に社会的な行為であると思っています。受験勉強的に考えると、1人で黙々と学ぶべきではないかと考えがちですよね。周りとぺちゃくちゃお喋りをしていたら進まないですし。確かに勉強には、そういう側面もあると思います。しかしそれと同時に、学ぶということは本質的に周囲と交わることである、とも思うのです。その思考をオンライン高校でどう活かすかと考えたときに、大切なことはカリキュラムや教材よりも人だなと思ったんですね。人に重きを置こうと。まず、どんな生徒に来て欲しいのか、どんな生徒のサポートをしたいのかということをはっきりさせる。そして次に、その素晴らしい生徒たちをサポートするスタッフはどんな人材であるべきか、ということを考えました。意図的に仕組みを作り、それに従い人を集めたのです。オンラインであったとしても、まずは人と人との関わり合いが大切。ですので、その部分をベースに考えてきましたし、今でもそこが私のメインフォーカスになっています。


CHICO:なるほど。“学ぶ”という最初の問いに返って、それをどのように仕組みとして構築していくか、というところですね。デジタルというツールを使うことと、人間に重きを置くということは、ある意味で両極といいますか。例えばアップルのサービスはそれを体現していると思っていて。お店に行っても電話をしても、人間のサービス力にびっくりすることが多いです。これってシリコンバレー的な考え方だったりするのでしょうか。


星先生:どうでしょうかねぇ。シリコンバレーにおりますと、周りの人からは批判されることも多いんですけどね(笑)。ただ仰られたように、アップルのように大きくスケールアップしながらもカスタマーサポートを守っているところが成功していくのだろうな、とは思います。テクノロジーの方を追求し過ぎてしまうと、人間的な部分が失われてしまう。人間の生活を良くするためのテクノロジーだったはずが、そこだけが突っ走ってしまうこともありますよね。これはテクノロジーと人間以外の関係でもあると思いますが、やはり最終的には人間が心地よく、人間の役に立つものじゃないといけないと感じています。


CHICO:著書を拝読させていただいて、生徒さん1人に3人のスタッフがサポートについてケアをされているという点にすごくびっくりしました。


星先生:アメリカの基本的な形ですと、生徒1人に対して、先生以外のカウンセリング・スタッフは1人しかつかないんです。ですが当校はオンラインである分、面と向かって話すよりもインパクトが薄いという側面がありますので、3人をつけてタッチポイントを増やしています。それから、“この先生嫌いだな”とか、“この人が苦手だな”と感じることは、人間ですから当然出てきますよね。例えば生徒1人に対してサポート役を1人だけつけるとなった場合、その大事な役割を担うスタッフが生徒と噛み合わない可能性もあるわけです。3人いれば、誰かとはウマが合う。そういった理由もあり、サポートは手厚くしています。

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学びは、生徒自身がデザインする

「Stanford OHS HPより」

 

 

CHICO:学校というコミュニティの意味合いが、日本で思われているそれと全く違いますよね。日本では“学び舎”という言葉が使われているように、何かを教えてくれる場所に位置的にたまたまいる……という受け身の感覚がある気がしますが、星先生の学校の場合は主体性がある人たちが能動的にコミュニティに集まっているイメージです。


星先生:そうですね。やはり学びのもともと持っている本質に戻ってほしい、という思いがあります。本来勉強というものは、強制されてみんなと同じようにやることではないと思うのです。その人なりの目標や今まで学んできた歴史があり、そこから自然に派生し、主体的に学んでいくというのがあるべき姿なのではないかと。人間の持つ本質を活かしながら、そこにある環境の中でどう学んでいけるのかということをいつも意識しています。


CHICO:先生は「反転授業」も実践されていますよね。社会人のミーティング同様に事前に準備をし、授業がエクスチェンジの場所になるという。生徒がそれぞれマテリアルを準備し、理解をしてから集まるというわけですが、これはすごく熟成された授業内容のように感じます。みんなで一緒に練るということ自体が、あらかじめ何かしらのビジョンを持って参加しないとできないはずですし。そういった授業に参加するだけでも、子供は成熟されていくと思います。このような授業を日本でも取り入れることは可能なのでしょうか? 


星先生:やり方はいくつかあるんじゃないかと思っています。オンライン授業でも実現できていますしね。ただ当校の生徒たちの場合でも、必ずしも最初から反転授業にうまくフィットできるというわけではないんですよ。やはり最初は、他人と議論することは難しい。あまり発言できなかったり、逆に他の人を気にせずどんどん話してしまったりするわけです。そのあたりを先生がうまくコーチングする必要があります。そうなると、やはり日本の学校教育の大きな問題として、人数が多過ぎるという懸念があります。もちろん少人数制にするにはそれなりのお金がかかってくるわけですけど、余計なところにかけているお金を削減して1クラス20人くらいにできるといいですね。それと同時に、ディスカッションの方法を具体的に指導できる人材を育成していく。時間はかかると思いますが、日本の今のリソースがあれば十分可能だと思います。


CHICO:以前、とある小学校の校長先生と対談させていただいた際に感じたのは、先生個人個人のスキルによって与えられる教育が変わってしまうということでした。例えば、新しい教育方法を先生自体が経験していないと、それを教えることもできない。1番大事なのは先生のスキルで、そこを改善しない限り現状を変えるのは難しい気がします。


星先生:突然反転授業を取り入れて、「明日からよろしく」ではうまくいかないですよね。最初から完璧な授業ができるわけではないので。月に1回でもいいので先生同士で実際に授業を行ってみて、良かった点や悪かった点を指摘し合うといいですね。少しずつ、全体としてインプルーブしていく。結局のところ、教育には完成形はありません。ですので、学校の中でトレーニングやセルフインプルーブメントなど、自分たちで授業をブラッシュアップしていけるような仕組みを作っていかないとなりません。当校でも、先生同士のコミュニティはすごく大事にしています。今でこそ当校には先生同士が話し合い、コメントしあうという文化がありますが、それを作ることさえも最初は大変だったんですよ。教室がある種の聖域のようになってしまうと、授業内容が可視化されなくなります。ですので、そういった部分の改善も含め、定期的に先生同士が勉強して行くような形を作っていかないとなりません。なかなか急に「これやって」ではできないですよね。


CHICO:先生をモニタリングする人も必要なんですね。


星先生:先生たちをトレーニング、サポートするスーパーバイザーが必要です。当校には学部長がいるので、彼らが先生のスーパーバイザーです。オンライン授業なので録画された動画を一緒に見ながら話したり、定期的に授業にチェックインしてアドバイスをしていますね。それから、会社のような評価制度もあります。


CHICO:なんだか、みんなが自立していますね。生徒も先生も。自己完結というわけではないですけど、それぞれが自立して成り立っている感じがします。どこにも依存がない。


星先生:その通りです。なので、私は仕事が楽で楽で(笑)。生徒に自立してほしいという観点では、一番手っ取り早いのは先生たちの生きる姿勢を見せることですね。当たり前ですよね。子供が大人から学んでいく、周りから学んでいくということは。全体としてそういった文化をどれくらい熟成させることができるか、という点がポイントになると思います。


CHICO:なるほど。先生のご著書の中に「自分がロールモデルであることを忘れない」というフレーズがあって、私も襟を正す思いだったのですけど。そりゃそうだよなって。誰かにそうあって欲しいなら、自分が先にそう振る舞わないとだめですね。自立する、責任を持つという点でも、学校では先生ですけど、家庭であれば親がそれを示していかなければなりませんね。


星先生:トレーニングや話し合いも大事ですが、当校の先生は生徒のことをめちゃくちゃ尊敬しているんですよ。意図してそういう先生を選んでいるということもありますが、それはすごく感じますね。当校の生徒は本質的なことを分かっている子が多いので、質問も本質的だったりするんです。本質的な質問って、“テストでこういう答えを書くべきだ”という視点で見ると、「何を言ってるの?」という話になるものが多いんです。ですが学問的に見たら、そういった質問の方が面白く、議論が膨らんでいくという側面もあります。当校の先生たちは各分野のエキスパートなので、そういった本質的な質問に対して「よく聞いてくれたね」という感じで一緒に考えていくことができる人たちなんですよ。そういった発展的な議論ができると、生徒は“やっとわかってくれる人に会えた”と感じます。自分の意見を尊重してくれて、一緒に考えてくれる大人がいる……それだけでもやる気が出るんじゃないかな、と思います。


CHICO:冒頭で仰られていた、学ぶをどう捉えるかということに対する答えが、そもそもめちゃくちゃ本質的じゃないですか。哲学的で。そこから始まっているが故に、そのような発展的な授業ができるのかなと思いました。

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デジタルで叶える“情熱の感染”

「Stanford OHS HPより」

 

 

星先生:成績がいい子は、問題集をやろうと思えば自分でできちゃうと思うんですよね。けれど敢えてその子たちの人生の大事な時間を使って授業をするのであれば、やはり互いに学ぶ熱が高い人たち同士で行うべきではないかと。その中で生まれる“情熱の感染”はかけがえのないものだと思います。


CHICO:それこそ、人ですね。情熱を持って何かを打ち込むという、その部分は絶対にAIやデジタルではできない、存在しない部分でもありますよね。


星先生:そうだと思います。デジタルで可能な部分とそうじゃない部分があると思っていて、それは人間関係や情熱の感染などですね。


CHICO:情熱の交換がデジタルを通しても可能だというのが、これがまたサプライズです。


星先生:それに関しては、ひとつ私なりの仮説がありまして。例えばZOOMなどもそうですが、コミュニケーションツールの流れとして、よりリアルにという流れがあるわけです。ですがある意味で、そうなっちゃまずいんじゃないかと思うところがありまして。というのも、オンラインで教育をしていると普通の教室よりも授業がやりにくいなって部分とか、もうちょっとよく見たいんだけどな、という部分があるんですよね。もちろん隣に他の生徒がいるわけでもないですし。でも、その他の余計な部分がないから、集中すべきところがそこだけ切り取られていくという利点もあるんです。ラブレターもそうですよね。会えない分、文通していることで燃えてくるというような。


CHICO:確かにそうですね。


星先生:余計なものがない分、想像したり集中したりすることができるんじゃないかと思うんです。ですので、うちの学校ではある時からリアルを求めることはやめました。それよりも、オンラインのいい部分を探して、そこを最大限に活かすように方向転換したんです。

 

 

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星友啓 (ほしともひろ)
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長

/哲学博士/Education & EdTechコンサルタント

1977年東京生まれ。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。その後渡米し、Texas A & M 大学哲学修士、スタンフォード大学哲学博士を修了。同大学哲学部の講師として教鞭をとりながらオンラインハイスクールのスタートアップに参加。2016年より校長に就任。現職の傍ら、哲学、論理学、リーダーシップの講義活動や、米国、アジアに向けて教育及び教育関連テクノロジー(EdTech)のコンサルティングにも取り組む。全米や世界各地で教育に関する講演を多数行う。

著書に『スタンフォード式 生き抜く力』(ダイヤモンド社)『スタンフォードが中高生に教えていること』(SB新書)がある。

 

 

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